おだんごエッセイ

日々の与太話こそ人生だよなぁ

知らぬが素敵

築100年の蔵で借りぐらしをはじめて、もう9ヶ月が経つ。

 

ありよてという、へんちくりんなあだ名も、

もともとは高校の同級生が、当時映画館で上映されていた「借りぐらしのアリエッティ」と私の苗字をモジって、

「アリヨッティ」と呼び始め、自分で考えたくせに長いからと

いつの間にか「アリヨテ」に変えたところからはじまった。

今、私をそんな風に呼ぶ人はひとりもいないのだけど、

SNSのアカウントにもなんとなく「ありよて」を使っていたら

バイト先の社長に、ヨセミテみたいだと指摘された。いつか山を切り開いてアリヨテ公園でも作ろうかな。

 

まあ、そんなことはともかくとして、

私は去年の春から伯母のところに転がり込み、代々、うちの親族や、知り合いが住んでいたという蔵の中の住居スペースに住まわせてもらっている。

 

春、夏、秋、冬、

2階にある私の部屋の窓からは、季節に染まる庭がよく見える。

母屋の縁側で1人ままごとをするイトコの子どもが、なんとも愛おしく眺められるちょうどいい距離で、日中は家に帰ってこない猫が大きな石の上に座って、日差しに目を細めている様子なんかも、平和を感じることができて見飽きない。

 

今朝、そんな庭を見下ろしながら、枯れかけの多肉植物に水をやっていたら、

庭に見た事のない鳥が沢山集まってきた。

スズメより大きく、カラスより小さく、頭だけ黒くて、尾がとても長く、ブルーグレーのような綺麗な色をしていた。

自慢じゃないが、26年間、ここまで図鑑と触れ合わずに生きてこれるのか...と自分でも絶句する程、鳥や草花の知識がない私。

「おしゃれ!」「これは珍しいはずだ!」と1人で盛り上がっていたのも束の間、

調べたら、その鳥はカンタンに出てきた。

ウェブサイトによると「公園によくいる」のだそうだ。

なんだ、つまらない。

しかも、あんなに素敵な見た目の鳥なのに「オナガ」という名前なのだそうだ。

つまらないにもほどがある。

酔っぱらったオヤジが「おめえはでっかいホクロがあるから、デカボクロだな!」と

絡んでくるようなつまらない名前だ。

 パプアニューギニアの「極楽鳥」のように、世界観のある名前を期待していたのに。

尾が長い以外にも色々と見どころがある鳥なのだから、もう少し何かなかったのだろうか・・・と、ウィキペディアから庭のオナガたちに目を向ける。

 

数分前までは、鳥たちの美しさに心を奪われていたというのに、なんなんだ。

公園によくいることや、つまらない名前を知る前の方が、よっぽど人生が豊かだったように思う。

そういうことって、たまにないだろうか。

 

ずいぶん前に伊集院光のラジオで聴いてから、ブラジルの「パステル」という料理を一度食べてみたいと思っているのだが、誰かが「ブラジルの餃子」と説明したのを聞いて、好奇心は以前と比べ減退気味である。

それと同じように、「未知」のときめきというものは、脆く危うく、思いのほか尊いのかもしれない。ただ、「未知」があれば「知りたい」と思うのもまた必然。

これぞジレンマだ。(どうでもいい)

 

どちらにせよ、情報量や知識量が多ければイッチョマエな雰囲気が出せると思い、本読むふりをしてきた我が人生、「知らぬが仏」ならぬ「知らぬが素敵」という考え方も自分の中で、今後、ひそかに提唱していきたい。と、麗しのオナガたちを前に誓う私なのであった。